民事信託について

民事信託は、平成19年に大改正された信託法が施行されたことにより、新たに可能となった手法です。信託とはその名の通り、自分の財産を他人に「信じて託す」ことです。託す人を「委託者」、託される人を「受託者」と言います。従来は、信託銀行等しか受託者となることができませんでしたが、新信託法により委託者の家族等の個人も受託者となることが可能になりました。

 

民事信託では、従来の遺言等の方法ではできなかった、柔軟な財産の管理、承継が可能となります。

  • 自分(委託者)だけでなく、家族のためにも財産を管理、運用させることができる。(信託により利益を受ける人を「受益者」と言います。)
  • 次世代以降の(次の次の世代、そのまた次の世代と)財産の承継先を指定することができる。
  • 財産の処分方法に制限をかけることができる。(不動産は売却してはいけない等)
  • 財産を一度に全てではなく、時期を分けて少しずつ承継させることができる。(例えば、障がいを持つ子や浪費家の子に、毎月必要な額だけ生活費を支給することができます。)

上記はほんの一例で、委託者と受託者の間で合意すれば、基本的にどんな取り決めも自由にできます。また、通常の委任契約は当事者の死亡により終了しますが、信託は委託者の死亡後も終了しません。

 

近年、民事信託への関心が高まり、活用事例も徐々に増えている状況です。

 

※以下の情報もご参照ください。
民事信託のお役立ち情報

民事信託の費用

報酬
信託財産の評価額 報酬額(税込)
1億円以下の部分 1%(5,000万円以下の場合は、最低額50万円)
1億円超3億円以下の部分 0.5%
3億円超5億円以下の部分 0.3%
5億円超10億円以下の部分 0.2%
10億円超の部分 0.1%

※【計算例】4億円の場合:1億円×1%+2億円×0.5%+1億円×0.3%=230万円
※信託財産に不動産がある場合、報酬額に10万円(税込)を加算(2物件以上の場合、1物件ごとに更に2万円加算)

 

実費
項目 費用
公証人手数料

(信託契約書を公正証書にする場合)
信託財産の額、契約書の枚数等により異なります。公証人手数料の詳細はこちら

登録免許税

(信託財産に不動産がある場合)
固定資産税評価額の0.4%、ただし土地信託の場合は0.3%

その他 郵送費、交通費等

民事信託の例@

<モデルケース>

  • 夫A、妻B、子Cの3人家族
  • 子Cは結婚して独立(別居)している
  • Aの主な財産は自宅不動産

 

Aは自分の死後もBが自宅に住み続けられるようにしたいと思っていますが、Bも高齢のため不動産の管理がきちんとできるか不安があります。そこでCに信託することにしました。

 

民事信託例1

 

信託により自宅不動産の所有権はCに移りますが、受益権はAが持っています。この「所有権」と「受益権」を分けて考えることが信託のポイントです。受託者は名義上は不動産の所有者となりますが、あくまで受益権を持っている受益者のために不動産を管理する義務を負います。CはAのために、Aの死後はBのために、自宅不動産を管理しなければなりません。

 

民事信託を利用するメリット

わざわざ信託契約を結ばなくても、Aの死後にBの面倒をCがきちんと見てくれると信じられるならば、遺言でBへ自宅を相続させる(もしくはCへ相続させる、BとC2分の1ずつの割合で相続させるといったことも考えられます)だけで十分でしょう。しかし将来何が起こるか分かりません。Cの配偶者が病気になったり、事業に失敗して経済的に困窮したりといった事情でBの面倒を見る余裕がなくなってしまうかもしれません。このような場合でも民事信託は「契約」なので、受託者としての義務を簡単に放棄することはできません。(なお、どうしても受託者を続けることができない事情があるときは、委託者と受益者の合意で新たな受託者を選任するか、裁判所に選任してもらうことになります。通常はこのようなことにならないよう、第二の受託者を契約の中で定めておきます。)

 

また、Aの生存中にCに所有権を移して不動産の管理を開始してもらうので、本当にCが適切に管理できるのか様子を見ることができます。期待に反してCがきちんと管理できないことが分かった時は、Aは信託契約を解除することができます。そうすれば自宅不動産の所有権はAに戻って来ます。

【参考】負担付遺贈(民法1002条)
「Bの面倒を見ることを条件にCに財産を相続させる」という遺言を書くことができ、これを負担付遺贈と言います。Cが義務を履行しない時は他の相続人(この場合はB)は遺言の取消しを家庭裁判所に請求できますが、高齢のBには荷が重く、もし認知症になっていたら不可能でしょう。また、遺贈は放棄することもでき、この場合は当然Cは何の義務も負いません。Aの生存中にCに確実にBの面倒を見ると約束させるには、やはり民事信託という「契約」の形をとるのが確実です。

民事信託の例A

<モデルケース>

  • 父Aは自分の財産を直系血族に受け継いでいって欲しい
  • 先祖代々受け継いできた土地は手放さずに守っていって欲しい
  • 母(父Aの妻)は既に他界しており、相続人は長男Bと次男Cの2人
  • Bに子はおらず、Cには子Dがいる

 

Aは財産を信託し、Aの死後はBが、Bの死後はCが、Cの死後(もしくはB死亡時に既にCが死亡していた時)はDが受益権を取得する流れとしました。信託の期間が長くなるため、一般社団法人を設立し受託者としました。

 

民事信託例2

 

民事信託を利用するメリット

遺言では自分の次の世代までしか財産の承継先を指定できません。民事信託を使えば、次の次の世代、そのまた次の世代と財産(受益権)の承継先を指定できます。(「受益者連続型信託」と言います。)

 

もしBに全財産を相続させる遺言を書いたとしたら、Bの死後、Bの妻の家系に財産が流れてしまうおそれがありますが、受益者連続型信託を利用することでこれを防ぐことができます。なお、将来Bに子ができた場合にはその子に受益権を取得させるような仕組みにしておくことも可能です。

 

また、遺言では財産の処分方法に制限をかけることはできません。相続した財産を相続人がどう処分しようが自由です。しかし民事信託は契約なので、例えば契約内容に「土地は売却してはならない」と定めておけば、受託者は土地を売却することができなくなります。

民事信託の例B

<モデルケース>

  • 父Aの相続人は長男Bと次男Cの2人(Aの妻は既に他界)
  • 次男Cには知的障がいがある

 

現在Cの面倒はAが見ていますが、Aは自分の死後、Cの生活が心配なので、長男Bを受託者として財産を信託することにしました。

 

民事信託例3

 

民事信託を利用するメリット

もし遺言で2分の1ずつ財産をBとCに相続させたとすると、Cは財産の管理ができず使い切ってしまったり、詐欺にあって騙し取られてしまうかもしれません。Bに受託者として管理を任せることにより、毎月必要な分だけをBからCに支給するといったことが可能になります。

 

Cに成年後見人を付ければ問題ないかもしれませんが、親族ではない専門職後見人にCの財産管理を任せることに抵抗がある場合や、Cの知的障がいの度合いが後見相当と診断される程は重くない場合等に、民事信託の利用が考えられます。

民事信託の注意点

上記の例はいずれも簡略化したもので、実際には考慮すべき点が多数あります。特に以下の2点は重要なポイントです。

 

受託者を誰にするか

民事信託は「家族信託」と言われることもあり、信頼できる親族が受託者になることが想定されています。そもそも適任者がいるのかという点が問題になります。

 

適任者がいたとしても、その人が将来死亡したり何らかの理由で受託者として仕事ができなくなった時に備えて、第二・第三の受託者を考えておく必要があります。

 

また、受託者は長い期間に渡って財産を管理する義務を負うため、それに見合う報酬を信託財産から支給したり、信託終了後に残余財産を取得できるようにする等、何らかのインセンティブを与えるような考慮が必要なこともあるでしょう。

 

なお、受託者=受益者となった場合、1年で信託が終了してしまうので、そのような事態にならないように設計することも重要です。(上記例Aではこれを防ぐため受託者を一般社団法人にしています。なお、例BではBとともにCも二次受益者となるので、このような場合は信託は終了しません。)

 

司法書士や弁護士等の専門職は受託者になることはできません。信託業法に違反するからです。

 

予期せぬ課税が発生しないか

上記の例ではいずれも当初受益者を委託者としています。最初から受益者を委託者とは別の人にしてしまうと贈与税が発生するからです。(なお、委託者兼当初受益者の死亡をきっかけに二次受益者に受益権が移る際は相続税が発生します。)

 

民事信託が課税逃れのために利用されないよう、税法には様々な規定があります。民事信託は長期に渡ることも多いので、想定外の事態が起きて予期せぬ課税が発生しないようあらゆるケースを考慮しなければなりません。特に複雑な民事信託を組成する時は、民事信託に詳しい税理士を交えて充分に検討する必要があります。

民事信託のリスク

民事信託は新たな制度なので、裁判例がほとんどない状況です。

 

法律はありとあらゆることが条文として完璧に規定されているわけではなく、条文の表現が何通りにも解釈できたり、そもそも条文が不足していたりします。(だからこそ裁判が起こります。)新信託法も例外ではありません。

 

例えば、遺留分(相続人に保証された最低限の相続分)を侵害するような信託について、信託法に明確な規定はなく、学者や実務家の間でも見解が分かれています。

 

今後、遺言に代わる財産承継の手法として普及するにつれ、信託の有効性を裁判で争う事例も増えてくると思われます。残念ながら遺産をめぐる争いは後を絶ちません。事実、遺言の有効性に関する裁判例は多数存在し、これは遺産をめぐる争いがそれだけ多いということを表しています。

 

なるべく争いが生じる余地のないよう、当事務所がサポート致しますが、時に専門家もビックリするような裁判例が出されることもあります。この点は新しい法律ゆえのリスクだと言えます。

民事信託士

私の肩書きの1つに「民事信託士」というものがあるのですが、これについて少しご説明させていただきます。

 

民事信託士は、平成27年に一般社団法人民事信託士協会により新たに創設された資格です。同協会の検定プログラムを受け、課題の答案を提出し、合格することで名乗ることができます。なお、受験資格は司法書士と弁護士に限られています。

 

一度民事信託士になった後も、3年毎に所定の研修を受けて更新しなければなりませんし、更新用の他にも多数の研修プログラムが用意されています。

 

民事信託は新しい分野なので、取り組んでいる司法書士はまだまだ少数派です。民事信託士という肩書きを、安心して相談できる専門家を見極める1つの判断材料にしていただければと良いかと思います。