
相続について知っておきたい基礎知識をまとめています。
【目次】
自分が相続人になった時、まず気になるのは相続税のことかも知れません。しかし、実際に相続税が掛かるのは一定以上の額の遺産がある場合に限られます。平成27年に相続税の課税対象となった相続の割合はわずか8%です。以下の計算式で算出した額までは相続税は掛かりません。(「基礎控除額」と言います。)
基礎控除額 : 3,000万円 + (法定相続人の数 × 600万円)
例えば、相続人が配偶者と子2人の計3人の場合、基礎控除額は以下の通りです。
3,000万円 + (3人 × 600万円) = 4,800万円
つまり、遺産の総額が4,800万円以下であれば相続税は掛からないということです。また、居住用宅地は価格を大幅に低くできたり、配偶者は1億6,000万円まで非課税になる等、色々細かい規定があり、相続税が掛かりにくくなっています。
司法書士・行政書士は個別具体的な税務相談に乗ることはできません(税理士法違反になる)ので、相続税が掛かる、もしくは掛かるかどうかわからない方には税理士をご紹介します。なお、相続税に詳しい税理士は意外と少ないので、ご自分でお探しになる際はきちんと見極めるようご注意ください。
基礎控除額は平成27年から上記の計算式に変更されました。平成26年12月31日以前に亡くなった方については、基礎控除額は以下の通りとなります。
基礎控除額 : 5,000万円 × (法定相続人の数 × 1,000万円)
民法で定められた相続人(「法定相続人」と言います)とその順位は以下の通りです。先順位の人が存在する場合は後順位の人は相続人になりません。なお、配偶者は常に相続人になります。
第1順位:子(※1)
第2順位:親(※2)
第3順位:兄弟姉妹(※3)
※1 子が死亡しておりその子(孫)がいる場合は、孫が相続人になります。(代襲相続といいます)
※2 両親が死亡しており祖父母が生存している場合は、祖父母が相続人になります。
(親がどちらか片方でも生存している場合は、祖父母は相続人になりません。)
※3 兄弟姉妹が死亡しておりその子(甥・姪)がいる場合は、甥・姪が相続人になります。(代襲相続)
また、民法で定められた法定相続割合は以下の通りです。
配偶者2分の1、子2分の1
<例1>配偶者Aと子B、C、Dがいる場合
A:2分の1
B:6分の1
C:6分の1
D:6分の1
配偶者3分の2、親3分の1
<例2>配偶者Aと両親B、Cがいる場合
A:3分の2
B:6分の1
C:6分の1
配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1
<例3>配偶者Aと兄B、姉C、弟Dがいる場合
A:4分の3
B:12分の1
C:12分の1
D:12分の1
相続人間で遺産分割協議をする場合、必ずしも法定相続割合に従って分割する必要はなく、相続人全員が納得していればどんな分け方をしても自由です。また、遺言を書く場合も法定相続割合を気にする必要はなく、自由に相続方法を指定できます。相続人でない人に財産を渡す(「遺贈」と言います)ことも可能です。
ただし、子や親には最低限の権利(「遺留分」と言います)が認められており、遺留分を侵害する遺言に対しては取り戻しを請求することができます。(遺留分を侵害する遺言も一応は有効です。取り戻すには遺留分侵害額請求という手続きをとる必要があります。)なお、兄弟姉妹に遺留分はありません。
遺留分は相続人が親や祖父母のみの場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1です。全財産を相続人以外の第三者に遺贈するとの遺言があった場合、上記1〜3の例における各相続人の遺留分は以下の通りです。
A:4分の1
B:12分の1
C:12分の1
D:12分の1
A:3分の1
B:12分の1
C:12分の1
※仮に配偶者Aがいないとすると、B:6分の1、C:6分の1
(相続人が親のみの場合は遺留分は全体で3分の1となるため)
相続開始後早々に行う手続きとして死亡届(7日以内)や世帯主変更届(14日以内)がありますし、健康保険や年金関係の手続き等も必要となりますが、以下には期限を超過するとペナルティ等の不利益を被る恐れのある手続きを記載します。
手続き | 期限 |
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1.遺言書の検認 | 相続を知った後遅滞なく |
2.相続放棄 | 相続を知った時から3か月 |
3.準確定申告 | 相続を知った日の翌日から4か月 |
4.相続税申告 | 相続を知った日の翌日から10か月 |
5.遺留分侵害額請求 | 遺留分侵害を知った時から1年または相続開始から10年 |
自筆証書遺言は家庭裁判所で「検認」の手続きが必要です。(公正証書遺言は不要です。)これを怠ると5万円以下の過料に処するとの規定が民法にはありますが、実際に過料の制裁が科されたという話は聞いたことがありません。ただし、時間が経ってから「実は遺言書があったんだ」という話になると相続人の間でトラブルになる可能性があるので、早めに手続きしたほうがよいでしょう。
期限までに家庭裁判所に相続放棄を申し立てないと相続を承認したことになります。亡くなった方に借金がある場合等は注意しましょう。
準確定申告(亡くなった年の1月1日から亡くなった日までの所得税の申告)が必要であるにも関わらずこれを行わず期限を超過した場合、延滞税や無申告加算税といったペナルティを課されることになります。
例えば以下のような方は準確定申告が必要です。
・個人で事業を行っていた方
・家賃などの不動産収入があった方
・2か所以上から給与を受けていた方
・給与収入が2,000万円を超えていた方
・給与所得や退職所得以外の所得(例えば、株の配当金や売却益等)が合計で20万円以上あった方
・高額の医療費を支払っており準確定申告をすることで所得税の還付を受けられる方
相続税申告が必要であるにも関わらずこれを行わず期限を超過した場合、延滞税や無申告加算税といったペナルティを課されることになります。なお、遺産の額が基礎控除額以下の場合は申告は必要ありません。
遺留分を侵害する遺言も一応は有効です。遺留分を主張したいのであれば、期限内にその旨を明確に意思表示する必要があります。(「遺留分侵害額請求」と言います。)
なお、不動産の相続登記に期限はありません。しかし、投資用不動産の場合は相続によりオーナーが変わった旨を賃借人に伝えるために早急に相続登記をしなければならないケースがあります。また、相続登記手続きをせずに放置しているうちに相続人の中の誰かが亡くなり、二次相続が発生することがあります。相続が発生するたびに相続人がねずみ算式に増えていき収拾がつかなくなるので、なるべく早めに手続きされることをお勧めします。
相続の分野において各士業ができることを以下に記述します。まずは司法書士か税理士に相談に行く人が多いと思います。大体は知り合いの他士業がいるので、どちらに相談に行っても必要に応じて他士業を紹介してくれます。当事務所もご希望の場合は税理士等をご紹介します。
司法書士 |
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不動産の名義変更を代理できるのは司法書士だけです。遺産に不動産がある場合は司法書士にご相談ください。また、裁判所への提出書類を作成できるのも司法書士だけです。例えば、相続放棄や遺言書の検認は家庭裁判所に対して申し立てる必要があります。これらに限らず、相続法に詳しいため相続全般について幅広くご相談に乗ることができます。 |
税理士 |
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相続税申告や準確定申告を代理できるのは税理士だけです。今回の相続では相続税が発生しなくても、次の相続(例えば、今回は夫が亡くなり妻と子が相続したが、次に妻が亡くなり子が相続する場合)で相続税が発生する可能性があるため、先のことも見据えて節税を考えたい場合等はやはり税理士に相談すべきです。 法人の税務顧問が中心で相続税には強くない税理士も多いので見極めが重要です。また、法律家ではないので税務以外のことは司法書士等に相談したほうがよいでしょう。 |
行政書士 |
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官公署への書類提出を代理できるのは行政書士だけです。相続に関しては死亡届や世帯主変更届等が考えられます。(ただし、わざわざ報酬を払ってまで頼むほど大変な手続きではないと思います。) 行政書士業務は幅広く、事業の許認可申請等を中心にやっている方も多いので、依頼するならば相続に強い行政書士なのかきちんと見極める必要があります。 |
社会保険労務士 |
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相続について社会保険労務士が関与することはほとんどありませんが、年金関係の手続きを代理できるのは社会保険労務士だけです。遺族年金等を受給できる可能性がある場合は相談してみましょう。また、役所に申請すると葬祭費の補助金(3〜5万円程度、自治体により異なる)がもらえることがあります。これは国民健康保険から支給されるのでやはり社会保険労務士しか手続きを代理できません。(ただし、わざわざ報酬を払ってまで頼むほど大変な手続きではないと思います。) |
弁護士 |
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弁護士は上記の他士業の業務を全て行う権限があります。ただし、「何でも来いに名人なし」という諺がありますが、相続に強い弁護士なのかきちんと見極める必要があります。仮に強いと謳っていたとしても、やはり登記は司法書士に、税務は税理士に相談すべきです。 弁護士しかできないことは「紛争への介入」です。相続人の間で話がこじれてしまって、もはや争うしかないとなると弁護士に依頼するしかありません。ただし、まだ穏便に事を収められる余地があるのに弁護士を立ててしまったがために他の相続人が機嫌を損ねて余計にこじれてしまったというケースもあるので注意が必要です。 |
司法書士も訴額140万円以下の簡易裁判所での事件に限り紛争に介入できますが、相続を巡る争いは「家事事件」に分類され家庭裁判所の管轄なので司法書士は代理人になることはできません。
主要な財産、負債の調べ方について以下に記述します。なお、問い合わせや請求にあたっては自身が相続人であることを証明する戸籍謄本を提示する必要があります。(各種手続きの開始にあたっては、戸籍謄本を返却してもらうよう伝えてください。ほとんどの場合、返却してくれます。)
銀行や証券会社に「残高証明書」の発行を請求します。亡くなった日時点のものを請求してください。請求にあたっては、どこの支店に口座を持っていたのか明記する必要があります。(ゆうちょ銀行は必要ありません。)
どこの銀行・証券会社のどの支店に口座があるかは郵便物等から調べます。銀行の場合は通帳やキャッシュカードが見つかればいいのですが、最近はインターネットで明細を確認できるため紙の通帳は発行しないケースもあります。郵便物の他、カレンダーやボールペン等のノベルティに金融機関の名前が入っていたりすると、その金融機関と取引があった可能性があります。また、税理士の名刺が見つかった場合は、顧問税理士がいてその人が財産状況を把握している可能性があります。
以下の書類を調べます。
・ 権利証(または登記識別情報通知)
・ 登記事項証明書
・ 固定資産税の納税通知書
・ 名寄帳
「権利証」は重要書類なので、家の中の大事なものをしまう場所に保管されていると思われます。銀行の貸金庫に保管している人もいます。ただし、既に売却してしまった不動産の古い権利証を残していることもあるので、現在の権利関係を調べるには法務局で「登記事項証明書」を取得します。不動産の所在地でなくてもどこの法務局でも取得できます。
毎年郵送される「固定資産税の納税通知書」も参考になります。固定資産税を納めているということは、その不動産の所有者であるということです。ただし、価値の低い不動産や私道は固定資産税が掛からないため、納税通知書に記載がなかったり、そもそも送られて来なかったりします。役所で「名寄せ帳」を取得すれば、所有(または共有)している不動産を一覧できます。ただし、あくまでその役所の管轄地域内に所有している不動産の一覧なので、他の場所にも不動産を所有している可能性がある場合は、そこを管轄する役所でも別途名寄せ帳を取得する必要があります。
以下の3つの機関に問い合わせて借金の有無を確認することができます。
JICは消費者金融や大手銀行、CICは主にクレジットカード会社、KSCは主に地方銀行を含む全国の銀行についての情報を確認できます。ただし、個人や闇金業者からの借入は調べることができません。これらは借用書や督促状を調査するしかありません。
銀行通帳から定期的な引き落としがある場合は、借入金の返済である可能性があります。また、不動産の登記事項証明書に抵当権が記載されている場合も借入金があると推測されます。
相続人がもともといない、あるいは全員相続放棄していなくなった場合、相続財産はどうなるのでしょうか?葬儀を行った人はその費用を回収できるのでしょうか?
相続人不存在で遺言もない場合、以下の流れを経て、誰も権利を主張する人がいなければ最終的には国のものになってしまいます。
手続き | 期間 | 手続き詳細 |
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1.相続財産管理人選任の申立 | − | 利害関係人から家庭裁判所に対し、相続財産管理人の選任を申し立てます。 |
2.相続財産管理人選任の公告 | 2か月 | 相続財産管理人を選任したこと、および相続人を捜索している旨が官報に公告されます。 |
3.相続債権者および受遺者に対する請求申出の公告 | 2か月以上 | 相続財産管理人が相続債権者(亡くなった方にお金を貸していた等、債権がある人)および受遺者(実は遺言があって、遺産を譲り受けることになっている人)に対し、請求を申し出るよう官報公告をします。なお、既に判明している債権者には個別に催告をします。 |
4.相続人捜索の公告 | 6か月以上 | 家庭裁判所が再度相続人の捜索の官報公告を行います。 |
5.特別縁故者からの財産分与の申立 | 3か月以内 | 財産分与を求める者から家庭裁判所に申し立てます。 |
6.財産の引き渡し | − | 相続財産管理人が特別縁故者または国に対して財産を引き渡します。 |
葬儀費用は誰が負担すべきものなのか明文の規定がなく諸説あるので、葬儀費用を支出した人が相続債権者と認められるかはわかりませんが、上記3の期間内に相続財産管理人に対して申出をしてみる価値はあるでしょう。
また、葬儀費用を支出しただけでなく生前に色々と面倒を見ていた等の事情があるならば、「特別縁故者」として財産をもらえる可能性があるので、上記5の期間内に家庭裁判所に対して申し立てをしましょう。
民法958条の3では特別縁故者を「被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者」と定義しています。
いずれも期間に気を付けてください。葬儀費用の領収書等、証拠となる書類を可能な限り用意しましょう。
なお、実際に問題となるのは相続財産管理人選任の申立の費用を誰が負担するかということです。相続財産管理人には弁護士や司法書士が選任されますが、その報酬等に充てるために予納金を納める必要があり、これが数十万〜百万円程度かかることがあります。最終的に財産が残れば戻ってくるのですが、借金の返済で全てなくなってしまった場合は戻って来ません。このような事情から、誰も申し立てを行う人がおらず、財産が放置されてしまう例もままあります。
遺言がなければ相続人全員で遺産分割協議を行う必要がありますが、認知症等により意思能力のない人は協議をすることができません。意思能力のない人にハンコだけ押させても当然その遺産分割協議は無効です。
この場合は、その人のために成年後見人の選任を申し立てることになります。家庭裁判所に選任された成年後見人が、本人に代わって遺産分割協議に参加することになります。
気を付けていただきたいのは、成年後見人は遺産分割協議が終わったらお役御免というわけではなく、その後も後見人としてずっと(本人が亡くなるまで)面倒を見る必要があるということです。遺産分割協議のために選任されたのだからそれが終わったら辞任します、というのは認められません。
また、親族の誰かを成年後見人候補者として申し立てたとしても、家庭裁判所の判断により専門職(司法書士や弁護士)が選任されることもあります。本人の財産が多い場合は専門職が選任される傾向が強いようです。そもそも親族が成年後見人となったとしても、その後見人も相続人の1人であるならば「利益相反行為」に当たるため遺産分割協議を行うことはできません。自ら相続人の1人として遺産分割協議に参加する一方で他の相続人の後見人としても参加するとなると、後見人として必要な権利主張をせず自らの取り分を増やそうと考えるかもしれないからです。(ちなみに、この場合は遺産分割協議をするためだけの「特別代理人」の選任を家庭裁判所に申し立てます。特別代理人の選任は成年後見人が選任されていることが前提なので、遺産分割協議のために特別代理人だけを選任してもらうことはできません。)
遺言がない場合は、相続人全員で遺産分割協議をしなければなりません。ところが、相続人を調査してみると行方不明者がいることがあります。例え行方不明であったとしても、この人を無視して行った遺産分割協議は無効です。
この場合は家庭裁判所に対し「不在者財産管理人」選任の申し立てを行い、行方不明者の財産を管理する人(大抵は弁護士)を選任してもらいます。後はこの不在者財産管理人を交えて遺産分割協議を行えばよいのですが、行方不明者の意思は確認しようがないので、不在者財産管理人は行方不明者に認められた法定相続分を確保するべく権利を主張してきます。例え亡くなった方とどんなに疎遠であったとしてもです。
また、不在者財産管理人の申し立てにあたり、弁護士の報酬等に充てるための予納金(数十万〜百万円程度)を要求されることがあります。これを誰が払うのかが問題になります。相続人全員が均等に分担するのが原則ですが、特定の相続人が財産を多く取得するならばその人が負担したほうが公平な場合もあるでしょうし、ケースバイケースです。
何にせよ時間もお金も余計にかかるので、やはり遺言書は書いておくべきです。
なお、行方不明になってから7年以上が経過している場合は家庭裁判所に対し「失踪宣告」をするという選択肢もあります。失踪宣告が認められればその人は死亡したものとみなされるため、その人の相続人を交えて遺産分割協議をすればよいということになります。不在者財産管理人と違って断固法定相続分を主張してくるといったこともなく柔軟な話し合いができると思われるので、失踪宣告ができるならばそのほうがいいかもしれません。